500条暗記した男が見ないふりをしていたこと

行政書士試験・資格

条文と判例だった

私は行政書士試験で500条近い条文を暗記した。

憲法。
行政手続法。
行政不服審査法。
行政事件訴訟法。
国家賠償法。
民法(債権終わりまで)。

しかし2か月後にはほとんど忘れていた。
その話を書こう。

私は2回目の行政書士試験で合格した。
1回目の試験直前期に、
模試の解説を見ていてふと気がついたことがあった。
それは
”試験には過去問からではなく、条文と判例から出るのだ”と。

当たり前じゃないか、と思うだろう。
実際過去問ばかりやっていると、過去問から出るような錯覚に陥るとこがある。

過去問も元は条文と判例から出ている。
出題者も条文と判例を見ているはずだ。

あ、何でこれに気が付かなかったのか!
直前期私は目からウロコが落ちた気がした。
そして、その年試験に落ちた。

壁中「条文、判例!」

次の年は条文、判例!
部屋の壁に貼った。
2025年テーマ!
条文、判例マスターキャンペーン。
六法買う(ねむくならないやつ)、判例集買う(ぶっといやつ)
年末読み倒す。線引きまくり、書き込みまくり。
前回の失敗は二度としない。今回絶対行政書士になる!
仕事即やめる!


このような貼り紙を部屋にたくさん貼った。
人はこの部屋には呼べまい。
ちょっとどころでは無いほど怖い人だ。

試験期間中、誰一人この部屋に来ることはなかったが、
配達員の人たちは、チラリと見える貼り紙だらけの私の部屋を見ているはずだ。
”この人本ばっかり買ってるし、部屋に貼り紙しまくってるし、怖ぇーー。”と思われていただろう。

当時たまに冷静に部屋を見て”怖っ!”と思うことがあったけど、剥がさなかった。
初期衝動を忘れないようにするためだ。

鋼鉄の男計画

条文暗記を開始したが、やはり眠気との戦いだった。
年末の静かな暖かい部屋での条文読みは退屈だ。

日本国民は正当に選挙された国会における代表者をつう・・(寝)
(どこまで読んでたっけ?)
日本国民は正当にせ・・(寝)
日本国民・・・(寝)はせいとう・・(寝)にふぇんきょはれた・・(寝)(寝)(寝)
・・・おそらくこの素読はだめだと思った。

やっぱり前回試験の失敗で
うっすら条文を記憶している程度では、問題は解けない。
うっすらをきっちり突いてくるのが出題者だ。
それを痛いほど痛感していた。やっぱり暗記はいると思った。

暗記を効率よくするには、と思って調べたらこういうのがあった。
・アクティブリコール
・【元ヤクザ、司法書士への道 | 甲村 柳市】の中にある独居房で民法を暗記したというストイック暗記法

この2つで覚えよう。
そして六法で一番読みやすいものを調べた結果、
ケータイ行政書士六法を買ってやることにした。

机には
ケータイ行政書士六法

ストップウォッチ
青ボールペン
だけを置いた。

ストップウォッチはスマホについているものではなく、ストップウォッチそのものをコーナンで買った(ネットに移行することを防ぐため)

やり方は
1条分ごとにストップウォッチで時間を測りながら覚える。
①空で言えるように覚える
②空で言えたものを紙に書き出す。
③これが出来たら次の条文へ行く。
をひたすら繰り返す。

効率が悪い、と思う。
しかし、当時の私は嬉々としてやっていた。
前回試験で”逃げていた部分”に立ち向かっている感じが気に入っていたのだ。
逃げていた部分とは”暗記”をすることだ。
暗記はツライ。それから逃げがちだ。
でも直前期に泣きを見る。だから今回は立ち向かう。
その感じが寝る前の”今日はよくやった”を体験できるのだ。

しかし、パソコンのように記憶は出来ない。
私は人間なのだ。しばらくやると、脳みそがパンパンの感覚になる。
条文を読んでいても、文字がツルツル滑って頭に入らない感じがする。
目をつぶって条文を思い出そうとしても、
天使が踊っている画が浮かんでくるのだ。
(昔のセレマのCMのメロディが流れてくるのだった)

もう入んない。
”あ、条文って重量があるんだ”と思うくらい脳内を占拠した。

休養日の必要性も感じたのである。

そんなことを経て、冒頭の法律条文を”覚えた”のだ。

違和感

これで記述式も、穴埋め問題も完璧だと思った。
やった!という達成感と、少し前からあった”違和感”とが入り混じっていた。

とりあえず、記述式のテキストをやった。
最初のページは条文の空欄埋めだった。
条文を空で言えた、それを書いてきた私にとって赤子の手をひねるようなものだ。
よしよし・・

ん?

3か月も暗記をやってきた鋼鉄の男であるはずの私は、
一つの空欄も埋められず、逆に赤子に手をひねられてしまった。

そう何も覚えていないのだ。
覚えたのに忘れていたのだ。

私が暗記中感じていた違和感の正体は”覚えたそばから忘れていた”ことだったのだ。
俗に言う忘却曲線というやつだった。

我が友の条文達

私は寝る前覚えたページを満足気に見ていたが、あまり覚えていない気がしていた。
次の日に昨日見たページを見ても、怪しい感じがした。

あれだけ腹を割って仲良くなった”我が友の条文達”が、はじめまして的な顔をして
会釈をしているのだ。”あれ? 昨日……。はじめましてでしたっけ?”を押し殺して、
でもそれを見ないふりをして毎日を新しいページを覚えて過ごしていた。

まさかね、と思っていたが本当だった。忘れていたのだ。
前回試験で暗記そのものから逃げていたが、
今回は暗記できているかの確認から逃げていたのだ。

田植えで例えるとして
振り返らずに苗だけ植えていた。苗を浅く浅く植えたため、
振り返ると半分抜けていた。そんな感じだ。

違和感は本当だった。
人生はそんなに甘くないな、と”鋼鉄の男になったつもりだった私”は思った。
私は冷静に受け止めた。

……その日のテキストの余白には、
「あれだけやったのに全く覚えていなかった。俺の数カ月」
と、薄い字で書いてあった。

”元冷静に受け止めた男”は、結局落ち込んでいたのだ。

ありがとう海馬

結果として無駄だったのか?
そうではないと私は言う。

本試験の自己採点でも、憲法と行政法は8割9割取れていたからだ。
(民法?そこは聞かないでください)

おそらく大量の抜けた苗は脳内に残り、復習するたび、模試を解くたびに
ちょっとずつ埋まっていたのだと思う。

ありがとう海馬。

あ、君だったか。

行政書士試験は行政法がメインである。行政法は条文がメインなので、
行政法だからこそ、この勉強法は結果につながったのだと思う。民法はそのまま条文がでるより、現場で考えるタイプなので通用しにくかったと言えるだろう。

最近でも行政法の条文を開くことがある。
久しぶりに読むと、
「あ、君だったか。」
そんな気持ちになる。

一度は忘れた友達でも、
また会えば思い出す。
受験生の頃、必死で付き合った条文たちは、
完全にはいなくなっていなかった。

今度は試験のためではなく、
お客様のために、
また仲良くなっていこうと思う。

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